【時機に適った折伏行】
末法において、正法弘通のためには、折伏を行じて邪義邪宗を破折しなければなりません。
しかし、折伏相手に対しては、ただやみくもに破折するだけでは正法の道理に目覚めさせることはできません。
どんな事情があるにせよ、きちんとした仏法の道理を説いて聞かせ、最終的には謗法を廃して、真実の三大秘法の仏法に導き入れることが大切です。
こうした点から日蓮大聖人は『太田左衛門尉御返事』に、
「予が法門は四悉檀を心に懸けて申すなれば、強ちに成仏の理に違はざれば、且く世間普通の義を用ゆべきか」(同1222頁)
とも仰せられています。
つまり折伏を大前提としながら、その上に四悉檀にも心をかけ、その時々に応じた弘教の方法を用いていく必要があります。
末法の日蓮大聖人の仏法第一義悉檀とは、三大秘法の受持を説き示す事です。大聖人が「四悉檀を心に懸け」と言われる意味は、その第一義悉檀に入らせしめるために、世界・為人・退治悉檀を用いるということです。
世界悉檀とは、世間に迎合することではなく、第一義たる三大秘法の受持を示しながら、世の人々が望み、喜ぶところにしたがって利益を与えることです。
為人悉檀は本来、摂受門に配当される弘教方法ですが、折伏の際に用いることもあるでしょう。
また、折伏相手にこれまでの信仰を改めさせるのは容易なことではありません。その場合、三大秘法の説示を前提としつつ、為人悉檀を用いて相手の考え方を見極め、徐々に正法を説くことが必要な場合もあるでしょう。
退治悉檀は、まさに邪義邪法の謗法を直ちに破折して正法へ導くことです。
世間の人々に三大秘法を受持せしめるために、世界・為人・退治の三悉檀を適した形で用いていかなければなりません。
我々は、時に適した折伏行をもって正法流布に精進することが肝要です。本門の本尊に対し信心をもって題目を唱え、そしてより多くの人への折伏に励み、広布に向かって邁進してまいりましょう。
(*1)三毒・・・
貪瞋痴の三つの煩悩のこと。この三つは、衆生の善の心を最も害す根元の煩悩であることから、三毒と言う。三毒は、地獄・餓鬼・畜生の三悪道境界を表している。つまり、貪欲は自分の欲するものに執着して貪る心で、餓鬼の生命を言う。瞋恚は自分の心に違うものを瞋る心で、瞋りは他人に苦を与えるので、それが業因となって来世には自らが地獄の報いを受ける。愚痴とは、道理に迷う愚かな心で、本能的に動く畜生の生命を言う。